陶磁器展示場

自作の陶磁器をヤフオク等で出品、販売しております。

斑釉3

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焼成方法と胎土の精製を少し変えてます(大きい砂粒を取り除いて、肌理の揃った粗い土にしてます)。ほんの少し徐冷にして、還元をしっかりかけました。

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薄曇りがかかりながらも、キラッとしたツヤが出ていると思います。白地も微妙に灰色。岸岳系の斑によくある配色だと思います。

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こちらは曇りは弱いですが、テクスチャーに潤いがあって少し違う焼けになっています。青斑の出方は非常に良いと思います。

 

以下のサイトでも販売してます。

www.creema.jp

斗々屋の釉質と緋色

 

kirsch.hatenablog.com
主に釉薬と土について。全体的なことは上のリンクをご覧ください。

 

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斗々屋は普通の透明釉のことも多いですが、それ以外にもいくつかパターンが有り、その中でサラサラした、粒感のあるものに近づけないかと思い試行錯誤しました。

こう言った粒感は比較的単純な長石主体の釉薬でも似た感じになります、そうすると今度は焼くのが難しいです。長石は溶けてから流れるまでの温度帯の幅が広い(ただ焼くことを考えた場合)使いやすい釉薬ですが、その幅の中で温度や時間によって表情を変えます。ただ、このサラサラ感は古作の中ではそれほど稀なものではないため、焼き方に関わらずこの様になりやすい組み合わせを探ってみました。

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粒感というかまずまずサラサラ感は出ていると思います。土の発色も御本というか緋色。斗々屋に限らず、見込みに赤みがさしている高麗茶碗がありますが、これは土の性質だけでなく重ね積みのため、冷却中に下の器物から熱が上がってきて徐冷されるからではないかと思います。

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ほとんど鉄分がない土です。一部分ではなく見込みを中心に全体に赤みが広がっている。御本は徐冷とそこまで相関がないようですが、緋色はある程度ゆっくり冷えないと出てこないようです。

 

斗々屋の轆轤目について補足しますが、「霞」や「ただし、薄さを考えなければ井戸のような大小の動きのある轆轤目がつくようなやり方も出来る。また、まとまりのない(水に溶けやすい)土を使用した場合、力を加えると形が変わるとともに容易に削れていくためそれほど強い力を加えなくてもはっきりとろくろ目がつきます。

 

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斑 ぐい呑

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カイラギと言うか、釉薬全体に気泡が発生し、凸凹しています。炎の影響を如実に感じられる焼き上がりかと思います。釉薬の構成は他の斑と似たようなものですが、焼成方法を変えています。

窯出し後、一見して失敗だなと思いましたが、よく見ると悪くないような気がしたので、古色を付けてみると藤ノ川内窯の斑に似ているものがあることに気づきました。藤ノ川内の胎土は鉄分の多いものなので、釉薬により色がついていることが多いですが、写真を見る限り似ていると思います(ネットには適当な画像が転がってないので載せられませんが、別冊太陽の古唐津を参照)。古作と似たところがあれば良いかと言うとそうではないですが、伝統的製法のようなのに一見して見慣れないものは何となく怪しさを感じるのは私だけではないと思います。

例えば数学や物理学であれば第一印象はどれだけ奇抜でも、一定のやり方及び基準に従ったものなので丹念に勉強して思考を積み上げれば概ね理解できるようになっているわけです。しかし、現在の芸術には一定のやり方はありません(美しさという基準、作法が強力だった時代があったものの)。知識のある人が一見して意味不明なものは、よーく見て調べてみても結局意味不明だ、ということも普通にあるわけです(=悪い作品)。ですからその作品の良さを理解してもらいたいとするなら、見た時の印象を強くすると同時に作品理解の糸口を用意する必要があります(例えば利休はピカピカの板の間に黒楽茶碗を置いたりはしなかったわけです。)。そういった意味で、この焼き物は~時代の~窯に似ているという糸口があった場合、技法はその窯に準拠した比較的伝統的なものだろうとか、コンセプトとしてはその時代に関係があるだろうとかいう情報を読み取ることができます。ですからそれを読み取れればこの焼き物は例えば歪んでるから駄目だとか、焼けにムラがあるからレベルが低いとかそういったノイズを排除してどこに注意を払って作ったのか判断することが出来るわけです。

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斑というか陶磁器の特異性かも知れませんが… 陶片を作陶の参考にすることは多いですが、斑にはよく惑わされます。焼成条件の違いと土中での風化具合により発掘陶片の段階ではかなりの幅を示すようになります。出光美術館の古唐津展で、おそらく伝世であろう複数の茶碗、鉢、盃を見た時に思いましたが、よく見る陶片よりも照りがありかつ清潔な印象。陶片でよく見るようなサラサラした質感や曇りは流し掛けしてある朝鮮唐津の花生以外ではそれほど見受けられず、意外な感がしました。伝世品、発掘品、実物、画像、見ていくと本当に多様な斑唐津があります。

陶磁器は絵画や彫刻などと違って、何か自然物などをモチーフにしてそれを写し取るということから始まった芸術ではありません。陶磁器そのもの、またはそこに現れる特有の現象を賞玩してきたわけです。(窯業が発展するに従って、青磁のような玉をそのまま写し取ったかのようなものや、なめらかな胎土の上に非常に精巧な絵を書くという白磁色絵などもでてきましたが。)予期してもいなければ、もちろん期待してもいない、たまたま現れる斑の無数の現象に陶磁器の本質的な魅力を見る気がしています。

井戸

・自作の井戸

  釉薬についてですが、井戸の釉薬はとらえどころがありません。喜左衛門もあれば宗及もあり、細川もあり…

一つポイントと考えているのは青磁っぽいものはあるが、そのものではないというところです。青み帯びるものはあるが、井戸型で真っ青なものは(おそらく)ない。またサラッと溶けていなかったり、カイラギが出ていたりする。下手の青磁にはほぼ見られない現象で、これは少し灰を足せば概ね解消される。青唐津のような釉薬にしてしまえば良いということです。にも関わらずしなかったのはまず、色を嫌ったのだと思います。一般的には灰が多いほど色が付きます。青磁のノウハウをもとに、かつ色を薄く、つまり灰を少なくするにはどうすればいいか?このあたりを井戸の釉薬の取っ掛かりとして考えています。

 

茶碗

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厚がけではないが薄がけでもない、見た感じ長石分主体という感はない(単味の長石がふんだんに入っているというわけではなさそう)。ツルッとした釉薬でも粗めの土に薄がけをして釉薬の平滑さを抑えるやり方がありますが、やはりこれは王道ではない。しっかりかかっていながらつるつるしておらず、釉下の土も存在を主張する、そのくらいのバランスが良いのかなと思います。

 

しっかり溶けているところでも大小の起伏があり、平滑になっていない。こう言った部分を見ていただけると面白いと思います。

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貫入の入り方は少し特徴的です。土の方に染みても、貫入になかなか色が入っていきません。時間をかければ徐々についていくものと思います。

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カイラギの規則的なものはあまり良いとは思えません。侘びを感じさせるには程よい不規則性が不可欠だと思います。言ってしまえば現象をいくら再現しても侘びてないものは駄目、カイラギの”程よい不規則性”が侘びであって、カイラギという現象そのものは侘びではないと思います。f:id:Kirsch:20180321121701j:plainf:id:Kirsch:20180321121708j:plain

 

余談ですが図録等に掲載されてある井戸の写真は正確に写っているものが殆どなくて参考にしにくいです。写真とあまりにも違いすぎて頭のなかで写真と目の前にあるものが全然つながらないことも多い。細川を見たときは本当に驚きました。写真はほぼ参考になりません。実物を見たら、女性的とか優美とか言われてる意味がはっきりわかりました。下にリンクしている、東博の古井戸の見込みはなかなか正確に写っていて大いに参考になります。ただ外側の質感は良いように写りすぎです(あそこまでの美しい照り、しっとり感はない)。

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以下、井戸について

・井戸とは?

井戸とはなにか?いまいちはっきりしませんが、出来損ないの白磁か、ただの生活用の陶器か、または祭器という話も… 多分これらの内のいずれかでしょう。

形は碗形か朝顔形で轆轤目がはっきりついている。土は概ね粗で焼き締まりは弱く、薄茶色や薄灰色くらいの色。高麗青磁に使われたようなきめ細かい赤土とは似ていません。釉薬を見ていくと、主に色は無色~多少の鉄を感じさせる呈色(灰色、青色または黄色)。透明度は少し濁った半透明程度。個別に見ていくと黄瀬戸のような灰分が多そうな釉が掛かっている宗及、白みが強く石っぽい安定した趣がある柴田など幅があります。少しの調合や焼成の違いではちょっとむずかしいくらいの幅だと思います。また、古窯址には三島などの粉青沙器や青磁のような陶片が出てくるらしく、青磁の技術を持った陶工が作っていたとはいえそう。また物原の上層には白磁の陶片がでるとのことで最終的には白磁に移行したようです。

・なぜ井戸のような器ができたか?

白磁

しかし、その一方で釉が厚がけされているものが少ないため、少なくとも青磁を目指したというわけではなさそうです。だとしたら青磁を作る技術を持った集団が、流行りの白磁を目指して出来たものと言い切っても良いでしょうか?白磁は非常に特異的な原料を必要とするので、その原料がなければどれだけ工夫しても良いものは得られません。その為、いくら頑張っても井戸のような(白磁にしては)中途半端なものしかできなかったというのは有り得そうです。

しかしながら腑に落ちないのが白磁に近づけようとしたというには、概ね土が粗だということです。土の精製は手間さえかければできるので、それすらしていないのに白磁を目指していたとはちょっと疑問が残ります。しかし、釉薬に関してはわざわざ色をなくそうと努力していると見受けられるので、白磁を目指したができそうにないので方向転換したと考えればおかしくないと思います。

・生活陶器説

生活陶器にしても吸水性の高さはネックです(例えば、喜左衛門は湯に浸すと気泡がはっきりと出て来る程度には給水するとのこと)。普段使いにふさわしいもっと焼き締まりの良い土がなかったとはどうも思えず…こう言った土は色さえ度外視すればそれほど珍しいものではないからです。

・祭器説

そう考えると焼き締まりを考慮する必要がない祭器説は結構しっくり来る仮説で、一部大井戸の高台の高さ、細さ(不安定で普段使いに適すと思えない)も説明できます。(朝顔形のものの謎は残りますが…)

結局どのような思想で作成し、使用したのか断定できませんが、個人的には白磁を目指したが方向転換した説が妥当だと思います。後の時代の物原には、結局白磁に移行した痕跡が見受けられるようなので。ですので白磁を目指しながらも、井戸を作成した陶工集団はどこかの時点で価値基準の再構成をして、独自の価値観、美観を打ち立てたのではないかとは思います(無作為の成したものだとか、ただそこにある原料を使っただけだとかではなく)。青磁という流行が廃れる中で、白磁を作る技術がなく材料は見つけられず、青磁の技術と白磁を目指した研究成果をもとに我が道を行くことにしたのではないかと… そもそも同じ地域で三島なんかは作っていたわけですから、用途や実用性だけでなく形姿や美的な要素に対するこだわりや需要があったとしても何らおかしなところはありません。ただ、意識的に作ったにしてはあまりにも粗雑ではないかという向きもあるかもしれません。

 

李朝陶磁の特異性

李朝の一部民窯はいくらか独特なところがあります。もちろん中国にも日本にも東南アジアや西アジアにも粗雑な作り(厚づくりだったり、口縁や胴がよれたり、高台が片薄になっていたり…)の民窯はありますがどうも様相が違います。わかりやすい要素としては、轆轤目を残す挽き方(物によっては轆轤目の配置や凸と凹の位置もしっかりコントロールしているように感じるものもある)や痕跡をことさら強調するような高台削りがあります。これらはただ手早くやればそうなるんじゃないかと思うかもしれませんが、実際にはそうではありません。これは中国の下手のものと比べてもわかると思います。轆轤目を消すような挽き方でも削り跡を残さないような削り方でもある程度の技術さえあれば手早く行うことが出来ます。土を柔らかめに調整して素直に筒状に伸ばしたあと、一気にコテで伸ばすやり方がそうです。

・景徳鎮の製陶所の作業風景

https://www.youtube.com/watch?v=c5DJd7-bns4

ほとんど機械轆轤のようなスピード!(この製陶所ではこの後に型打ちや削りの工程があるものの、実用上はこのあと高台を削ればそれでOKです)磁土にしては作りやすそうで、とてもいい精度の轆轤でなので、李朝時代にこれほどのスピードは難しいと思いますが、似たような事はできたはずです。でもしてません。

この方法だと可塑性によって薄さに限度がでてきますが、逆に言えば厚みや形の細部を気にしなければこれで事足りるのです(スンコロクなんかはシンメトリックな器形でもずっしり重かったりします)。井戸に使っていたであろう土の可塑性を考えると、この方法で井戸のような薄さにするのは難しいでしょうから、実際には徐々に手で引き伸ばしていく方法を採用したんだと思います。ということは効率や速さ以上のものを考えていたことは間違いないでしょう。またこの方法以外にも、半乾燥状態のときに全体を削ってしまうというやり方もありますが、李朝陶磁を作った人たちは殆どこの方法は採用していません。というか胴はもちろんのこと腰すら削っていないものも多いんです。やはり厚みだけでなく粘土の柔らかさからでるあのラインも大事にしていたんじゃないでしょうか。上手の白磁でもうっすらとした轆轤目が残っているものもあります。

確かにこのような製法はなんとなくやったらそうなったということも、あり得ないではないです。しかし、削り目に関しては意図的にやらないと出ないと言い切ってよいかと思います。

 

・井戸の実際

C0085050 古井戸茶碗 - 東京国立博物館 画像検索

総釉の井戸では高台の内は見えにくいですが、高台脇が一気に一回転半で削られており、かつスムースに上から下へ、削り目の終わりも自然にスッと出ていっています。ただ削るだけなら、一段目と二段目を分けて手を固定して削ったほうがよほど正確に出来るわけです。早くなったとしてもそれはせいぜい1,2秒です。また、井戸以外でわかりやすい例として「福岡市美術館の雨漏茶碗」の高台内を見ると、最初に周辺部を削り、中央に残したボッチを一気に削り取ることで力をかけ縮緬皺を際立たせています。しかし力がかかると湿台から外れやすくなり正確性も損なわれるため、一気に削ることはむしろ量産には適さない削り方と言えると思います。また、あのくらい縮緬皺がでる粘りがない土だと非常に湿台から外れやすいためなおさらです。あと2,3手かけたり、ぐるぐると少しずつ削って(実際そういう李朝陶もあります)残りの凸を一気に削れば、それほど時間もかけず正確に削ることが出来るにも関わらずです。

であれば、スピードを求めた結果ではなく、わざとああいう挽き方削り方していると考えるほうが自然です。また、造形全体を見ても熟練者が適当に作っていればあの感じがいつか出てくるというほど自然なものでもないと思います。熟練者があまり可塑性のない土で作ろうと意識して出て来ると言った類の形でしょう。土の可塑性に関しては意図したものかというと分かりませんが、とても良いバランスではなかったかと思います。斗々屋のような腰にまで縮緬皺が出来るような扱いにくい土だと物理的に許容してくれる形が限られてくる(胴に張りをもたせると垂れてくる)、また木節粘土のような如何様にも要請に答えてくれるような土では、腰にわずかに力がかかったとしても何事もないように張りを保ちます。つまりこう言った土では胴に力強い張りを持ちながらも、物理的に弱いところにはその痕跡がしっかり現れるというような微妙な造形を実現することは困難です。

そういったことを勘案すると、井戸の如き素朴な器は無垢なかつ無作為の精神が作り出したというのは朝鮮陶工を見くびり過ぎであって(または人間の精神というものの買いかぶりであって)、井戸に代表される日本の茶の湯で受容された陶磁器は陶工が美しいものを目指して意識的に、テクニカルに作ったように思えてならないのです。

 

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